本年米国政府は、インダストリー4(第4次産業革命)に向けて中長期の戦略を幾つか発表した。量子技術にかける期待は大きく、その具体的な取り組みが公開されたので、まとめて内容を確認したい。
量子労働力開発
2月には、米国科学技術会議・量子情報科学小委員会・科学技術政策局(OSTP)の国家量子調整室(NQCO)が34ページからなる文書で、「米国における国家量子計画の一環として、労働力の開発が優先事項である」と表明した。この報告書は、政府、産業界、学術界などの活動に関して提言をおこなったものだ。
目的としては、量子技術に関わる人材の評価・育成、あらゆるレベルのSTEM教育の強化、量子フロンティア開拓の加速、将来のために人材プールを拡大することなどが謳われている。
また具体的なアクションが4つ明示されている。
①QIST(量子情報科学技術)のエコシステムにおける人材ニーズについて、短期的・長期的な視点で理解を深め、維持すること。
②広報活動や教育関連資料を通じて、より多くの人々にQISTを紹介すること。
③専門的な教育やトレーニングの機会におけるQIST特有のギャップに対処すること。
④QISTおよび関連分野でのキャリアをより身近で公平なものにすること。
情報産業の発展は、グローバル化が進む世界が整理されて、労働集約産業としてのパワーに限界が見えてきていることから、次世代に向けて戦略がまとめられたものとなっている。
量子テクノロジーに関する2つの大統領令
5月、バイデン大統領は、量子技術に関する2つの文書に署名した。
①国家量子イニシアティブ諮問委員会の強化に関する大統領令
②脆弱な暗号システムに対するリスクを軽減しつつ、量子コンピューティングにおける米国のリーダーシップを促進することに関する国家安全保障メモランダム
①は、米国量子戦略の中心となる「国家量子イニシアティブ諮問委員会」について。これまでエネルギー省管轄として委員会メンバーが選出されていたが、新たに大統領直属の組織となることが決まった。
2018年に国家量子イニシアチブ(NQI)法を受けて委員会は設立されている。
②は、量子コンピュータが、米国のサイバーセキュリティにもたらすリスクに対処する米国政府の計画の概要を示したもので、量子情報科学がもたらす経済的・科学的利益をすべてのアメリカ人のために活用することを目的としている。社会全体のアプローチを追求するよう各連邦機関に指示し、また「ポスト量子暗号(PQC)への移行プロジェクト」をNIST(米国国立標準技術研究所)に対して指示している。
CHIPS and Science Act
CHIPS and Science Actは、「先端研究とイノベーションの様々な面に資金を提供する法案」として、8月に策定された。半導体チップの開発および生産に7兆円を超える予算の割り当て。さらに22兆円を超える資金が政策を推進するうえで、国立科学財団(NSF)、商務省、国立標準技術研究所(NIST)、エネルギー省(DOE)に割り当てられた。
この法案は量子技術に対し、直接的・間接的に支援しており、2章「Division B - Research and Innovation」において、4つのプログラムが明示されている。
①量子ネットワークインフラ
サプライチェーンの開発と、量子ネットワークに関連する先端科学計算、素粒子・原子核物理、材料科学の基礎研究、実験ツールやテストベッドの開発、さらに応用の可能性の調査など
②Quantum User Expansion for Science and Technology (QUEST)
量子コンピューティングリソースへのアクセスを研究者などに開放する
③次世代量子リーダー育成パイロットプログラム
次世代の学生や教師を対象に、量子技術の基本原理を教育するもの
④Division B - Research and Innovation
間接的なものとして、先進エネルギー・産業効率化技術、人工知能・機械学習、先進製造、サイバーセキュリティ、原子力、環境、バイオテクノロジー、ハイパフォーマンスコンピューティング、人工知能、6G通信、先進材料、量子情報科学など、多岐にわたる先進技術支援
米国は、国家主導だけでなく、地域主導、企業・研究者などによるベンチャー主導が活発だが、量子技術は未だ研究開発が中心であり、国家からの支援は、多くの推進機関・企業にとって心強いものになっている。
また米国は、英、EU、アジア各国との量子技術に関する提携も進めている。
by Hideki Hayashi
※ QBMニュース