このレポートは対象月に発表されたニュースを取りまとめたものであり、米国の量子ニュースサイト「Quantum Computing Report」と提携し、政府や自治体の発表資料、企業のニュースリリース、論文などリファレンスのあるものを対象として、また、コラムやインタビューなどの内容を踏まえて、世界の量子技術の動向を把握していくものです。
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1.国家戦略(各国における量子技術への取り組み)
【ニュース】
・Rigetti、英国の量子コンピュータにコミット
・イリノイ大学シカゴ校(UIC)が量子アドバンテージ共同設計センター(C2QA)に参加
・米国とデンマーク、量子情報科学技術に関する協力の声明を発表
・Orca Computingが1,500万ドル(約20億円)を調達し、小型量子プロセッサーを英国国防省に提供
・NSF、量子コンピューティング・プラットフォームへのアクセスに補助金提供
・シンガポール、3つの量子研究プログラムに2,350万シンガポールドル(約22.5億ドル)を投資へ
【コメント】
先月のバイデン大統領の声明にある通り、米国での量子技術は国家安全保障の問題であり、あまねく国民が利益を得られる産業を目指してホワイトハウス直下に関連組織がおかれました。また他国との連携も謳われており、欧米・カナダ・オーストラリアの共同取り組みの輪が広がっています。今回はRigettiの英国での取り組みがニュースになりました。またデンマークとの量子情報技術科学技術に関して共同声明を発表するなど、その輪を広げています。
欧米中心と中国という、大きく2つに分かれてはいますが、昨今のイスラエルの台頭に続き、シンガポールが大きく踏み出した点も注目されます。
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地域戦略
【ニュース】
CQE(シカゴ量子取引所)と東芝、シカゴ地区における量子ネットワークの初期導入完了
【コメント】
ロンドンにおいてスタートした、メトロポリタン量子ネットワークの構築ですが、シカゴ地区でも初期導入完了がニュースになりました。そろそろ日本国内も気になるところですが、国内の都市がMAN(メトロポリタンネットワーク)の構築を行うとしたらケーブルテレビ網に関連した流れにする必要があるのでしょうか。状況を追っていきます。
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2.大学・ラボ・育成
【ニュース】
・NSF、量子コンピューティング・プラットフォームへのアクセスに補助金提供
・メリーランド大学の量子スタートアップファウンダリー、2022年プレトラクションプログラムの募集を開始
【コメント】
ファウンダリが、量子に焦点を当てたベンチャー企業を立ち上げ、助成金による資金調達を検討している起業家を集めている、というニュースがありました。注目点として、「小規模企業革新研究」、「小規模企業技術移転」というプログラムを組んでおり、いずれも小規模で特化型の技術を対象にしているところです。汎用的なものから、量子には量子の役割がある、という開発の流れの移行が進んでいますが、象徴的なニュースだったのではないでしょうか。
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3.開発(ハードウェア・ソフトウェア・通信)
【ニュース】
・Silicon Quantum Computing、量子ドット技術を用いたアナログ量子プロセッサーチップのデモを実施
・Keysight、量子プロセッサーに使用される新しい量子制御システムを発表
・Quantum Computingの「QAmplify」、特定の問題に対して、現在の処理能力を最大20倍まで拡張
・D-Wave、Zephyrテクノロジーを発表。Advantage2 7,000量子ビット 量子アニーラ
・Quantinuum、イオントラップ型プロセッサーを完全接続20量子ビットにアップグレード
・Quantropi、量子安全デジタル鍵配布のための SEQUR™ SynQK Powered by QiSpace™ を発表
・Orca Computingが1,500万ドル(約20億円)を調達し、小型量子プロセッサーを英国国防省に提供
・Xanadu、216Squeezed-state Qubitフォトニック・プロセッサー「Borealis」の提供を開始
【コメント】
代表各社が着実に開発を進めているのが伝わってきた6月でした。SQCは量子ドット技術によるQPUのデモ実施、QuantinuumはH1-1プロセッサを12量子ビットから20量子ビットに拡大、Xanaduは、Borealisプロセッサをリリースし、まもなくAmazon Braketクラウドサービスでの提供が開始されます。D-Waveは、コードネーム「Advantage2」と呼ばれる第6世代の量子アニーリングプロセッサを発表し、量子ビットの接続性を従来の15から20に増やすとしています。「Zephyrトポロジー」と命名し、小規模Advantage2プロトタイプとして既に提供されています。
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4.サービス(ハードウェア・ソフトウェア・コンサルティングなど)
【ニュース】
・Amazon、量子ネットワーキングのための第4の量子関連サービスを追加
・Amazon BraketがQiskitプログラムに対応
・OVHCloud、AtosおよびQuandelaと提携し、追加でQuantumサービスを提供
・qBraid、Labプラットフォームに Pasqal のサポートを追加
・Menten AI、NvidiaのcuQuantumを使用して創薬業務をサポート
・Xanadu、216Squeezed-state Qubitフォトニック・プロセッサー「Borealis」の提供を開始
・Quantum Brillance、オーストラリアのPawsey Supercomputing Centreに量子コンピュータを設置
【コメント】
注目はAmazonの量子技術への取り組みでしょう。Braketで提供されているRigetti, IonQ, Oxford Quantum Circuitsのマシンなどのゲート型を、全てQiskit SDKで開発可能としました。また、量子ネットワーキング市場向けの製品を開発するため、新たにAWS Center for Quantum Networking(CQN)を追加するとしています。NISTが標準化を進めている量子安全鍵交換アルゴリズム「ポスト量子暗号(PQC)」ですが、Amazonのセキュリティチームが、幾つかのプロトコル開発に関わっています。
NVIDEAは、Menten AIが、GPUとcuQuantumを使用してタンパク質の相互作用のシミュレーションと新薬分子の最適化を行っていることをブログで報告しています。
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5.提携
【ニュース】
・OVHCloud、AtosおよびQuandelaと提携し、追加でQuantumサービスを提供
・qBraid、Labプラットフォームに Pasqal のサポートを追加
・Covestroと QC Ware、材料シミュレーションのための量子アルゴリズムで協力することに合意
・QuantWare とQphoX が超伝導量子プロセッサーのネットワーク化で提携
【コメント】
毎月のように提携も発表されています。CovestroとQC Wareは、既に1年以上の協力関係にあり、その成果を論文として発表していました。今回は、材料科学およびそれ以外の分野への応用を目的とした量子アルゴリズムの共同設計を行う5年間の契約を締結したものです。Covestroのような、2020年の売上高が107億ユーロ(約1.5兆円)、従業員数が16,000人を超える世界有数の高分子企業が、業界を牽引してくれるのは頼もしいところです。
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6.融資・調達・受賞
【ニュース】
・evolutionQ、550万ドル(約7.5億円)のシリーズA資金を獲得
・Qubit Pharmaceuticals、シードラウンドで1,600万ユーロ(約22.5億円)の資金を調達
・QuantWare、欧州技術革新評議会から750万ユーロ(約10億円)受賞
【コメント】
Qubit Pharmaceuticalsがその額で目立ちました。同社は、欧米の主要研究機関で行われた研究からスピンオフした企業です。コンピューティングによる創薬で、効率的なソリューション発見に特化しています。資金はソフトウェアプラットフォーム「Atlas」のさらなる開発に充てられる予定で、創薬候補の選定を2倍速に、創薬への投資コストを10倍速にすることを目標と掲げています。
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7.ユースケース
【ニュース】
・Covestroと QC Ware、材料シミュレーションのための量子アルゴリズムで協力することに合意
・Menten AI、NvidiaのcuQuantumを使用して創薬業務をサポート
【コメント】
今月は材料シミュレーション、資金調達を行ったQubit Pharmaceuticalsや、Menten AI の創薬業務がニュースになりました。業界の量子技術への期待の高さが伝わってきます。
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8.事業拡大
【ニュース】
・Pasqal、マサチューセッツ州ボストンとカナダ・シェルブルックに事務所をオープン
【コメント】
Pasqalがボストン、カナダへの事業拡大を発表しています。ここ半年のニュースでは、Pasqalの行動範囲の広さに驚きます。既に協力や顧客になっている企業としては、CA CIB(Crédit Agricole Groupの法人・投資銀行部門)と、世界有数のスーパーコンピューティングセンターを運営するイタリアの大学間コンソーシアムCINECA、BMW、Siemens、Johnson & Johnson、LG、Airbus、EDF、Thales、MBDA、Credit Agricole CIB、ARAMCOなど。
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9.買収
【ニュース】
・FormFactor、JanisULTの希釈冷凍機製品ラインを買収
【コメント】
半導体試験計測のリーディングサプライヤーである、Formfactorが、JanisULTから無冷媒の希釈冷凍機(DR)製品ラインを買収しました。このことで、Formfactorが米国最大の希釈冷凍機メーカーになりました。
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【 6月総括 】
今月は、総括として Pasqal に注目したいと思います。今年に入り、顧客基盤の拡大に力を入れているのが伝わってきますが、その幅広さとスピード感はとてもインパクトがあります。
フランスのパリを拠点とする Pasqal は、2019年設立ですが、光学研究所 (Institut d'Optique)において研究していたチームがスピンアウトした冷却原子に基づく量子コンピュータを開発していて、チームメンバーは既に10年以上にわたり従来の高性能コンピュータでは困難な多体問題のシミュレーション実証を続けています。
同社は、2021年6月に約40億円の資金調達をしています。同社のQPUは、3台が運用中、欧州2箇所のHPC施設にオンプレで納品予定。
注目したいのは顧客基盤の展開です。例えば。
・BMW:金属成形アプリケーションのモデリングにおける量子コンピューティング技術の適用性を分析して、強度や安全性を犠牲にすることなく、より軽量で燃費のよい金属ボディを設計する
・CA CIB(Crédit Agricole Groupの法人・投資銀行部門)
・ARAMCO:石油・ガス産業における量子コンピューティングのパイオニアを目指す。中東での事業を確立し、サウジアラビアをはじめとする地域全体のビジネスを成長させていくことになった。
・Johnson & Johnson ヘルスケア
など、エネルギー、ヘルスケア、金融、自動車などの幅広い業種、欧州、米国、カナダ、中東と幅広い国々、にその事業を拡大しています。
「複雑な非線形微分方程式の解法を加速する独自の量子手法を開発した。自動車、エレクトロニクス、エネルギー、航空宇宙などの分野で、さまざまなシステムのデジタルツインモデルの作成によく使われるものである」と同社は発表しています。Pasqalの動向は、今後の量子産業の可能性を目の前に見せてくれているように思えます。
(QUANTUM BUSINESS MAGAZINE 編集部)
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