量子コミュニティの研究者と話をすると、NISQレベルのマシンが商業的・科学的な利点をもたらすか、それとも誤り訂正されたマシンが登場するまで待つ必要があるのか、という問いについて、その意見はほぼ均等に分かれている。IBMは前者の立場に立ち、完全な量子誤り訂正が利用可能になる前に、近い将来において顧客が彼らの量子マシンを量子アドバンテージを得ることを期待していると一貫して示してきた。
これが実現できれば、IBMにとっては明らかなビジネス上の利点となるだろう。それは彼らの市場を、トレーニングやデモの目的でマシンにアクセスするユーザーだけでなく、経済活動にマシンを使用する追加ユーザーを獲得していくことになる。同社は、ハードウェアの量子ビットの「量と質」両方を向上させることで、着実に前進を続けている。できるだけ早い量子の優位性実現のため、革新的なソフトウェアアルゴリズムやハイブリッドの古典/量子処理が、近い将来のNISQプロセッサで、優位性達成のためにどのように役立つかを研究してきた。近年、IBMが導入したイノベーションには、ダイナミック回路、回路編み、サーバーレス実行、確率的エラーキャンセル(PEC)やゼロノイズ外挿(ZNE)などのエラー軽減技術(誤り訂正とは異なる)などがある。総じて、これらの技術を他の業界企業よりも積極的に追求していると言えるだろう。
IBMがカリフォルニア大学バークレー校と行った今回のデモンストレーションでは、2次元横磁場イジングモデルの時間発展という問題に取り組んだ。2019年に行われ、今年更新されたGoogle の Beyond Classical の実験と同様に、この実証実験でも量子的アプローチと古典的アプローチを対峙させている。使用されたIBMの量子マシンは、127量子ビットの Eagle デバイスで、回路には最大で 60層の2量子ビットゲートと合計2,880の CNOTゲートが含まれていた。一方、ベンチマークとして使用された古典マシンは、ローレンス・バークレー国立研究所の National Energy Research Scientific Computing Center(NERSC)の Coriスーパーコンピュータと、パデュー大学のAnvilスーパーコンピュータ。
このシミュレーションにおいて重要な点だが、現在のゲートの信頼性レベルでは、通常、60層の深さを持つ量子回路は多くのエラーを生じさせ、最終的な結果は通常、無意味なものになってしまうことだろう。しかし、このシミュレーションでIBMが採用した主要なテクノロジーは、このビデオ で説明されているようにゼロノイズ外挿 (ZNE) であり、これは最終結果が有効になるようエラーを軽減するためのものだ。
量子コンピュータを性能比較する際の課題は、結果の出力が有効であるかをどのように判断するかである。今回の場合、IBM と UCバークレーは Google と同様のアプローチを採用した。彼らは、複雑性の低いレベルからシミュレーションを開始し、量子の結果が古典的な結果とどのように一致するかを確認する。古典マシンが正確にシミュレートできるより低い量子もつれのレベルでは、古典と量子の結果は完全に一致していた。量子もつれのレベルが上昇するにつれ、この傾向は続き、量子マシンが正しい操作を行っていることを確信させた。エンタングルメントのレベルが高くなると、古典的なマシンでは出力を正確にシミュレートするのに十分な性能がなくなり、近似値を使い始める必要がある。しかし、量子マシンは進み続けた。
IBM と UCバークレーは Nature Magazine に論文を発表するとともに、この研究をより詳細に説明したいくつかのプレスリリース、ブログ、ビデオを公開している。以下にリストを示す。
この「Beyond Classical」デモを発表した IBM のプレスリリース
追加情報を記載した IBM のブログ投稿
この研究について説明したUCバークレー校のプレスリリース
Nature Magazine に掲載された技術論文 「Evidence for the utility of quantum computing before fault tolerance」
IBM と UCバークレー校による、この実験のアプローチと実施上の課題について説明したビデオ
エラー緩和によって量子コンピュータがどのように有用になるかを説明した IBM の別のビデオ
最後に、この実験に関する追加の技術的背景を説明したIBMのビデオ
IBMは、今回実証された技術が、すぐに現実の問題に適用され、量子ユーティリティと呼ばれるものが生まれることを信じている。この開発は量子コンピューティング市場に大きな影響を与えるかもしれない。Global Quantum Intelligence (GQI)は、この潜在的な影響について分析した記事と、IBMが来年に予定している次の 100×100 チャレンジについての説明を書いている。この記事は、QCRのウェブサイトではここに掲載され、また、GQIのウェブサイトでも技術集の一部として(他の多くのものとともに)掲載される。
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原記事(Quantum Computing Report)
https://quantumcomputingreport.com/
翻訳:Hideki Hayashi
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